語りは大塚明夫で。

餓鬼の頃、空ってのは、何つーか、もっと「しっかり」してるもんだと思ったんだがな。
コンクリートみたいなもんでできた、地球って舞台の天井かなんかだと思っていたんだ。
そんで星って奴は、天の輝きが空のヒビ割れから漏れて生まれた神々しいもんだと思っていた。
何時から俺は、空の真実を知ったんだろうな。
俺たちの手では触れても分からないもので仕切られているだけって事を知ったのは。
俺たちの空の上には、天国も神様もいないって事を知ったのは。


それからだ。俺は空を見上げなくなった。
空の上には頼るべきものなんてねぇ。
あるのは目でも捕らえることが出来ない頼りないオゾンという膜みたいなもんだけだ。
だから俺は前を見た。
俺の目の前には敵がいた。それから、空を見上げる時間なんて無かった。
考える時間すらなかったさ。本当に神様は居なかったのか、なんてことはな。


俺はある時ヘマをして、何処にいるかも分からねぇスナイパーに追われることになった。
足を撃たれ、身動きの取れなくなった俺は、廃墟くずれの瓦礫に身を隠して、死なないでいることだけで精一杯。
俺は失血による視界の暗転と共に、自分の死を覚悟した。


人間ってのは、長年の遺伝か何か知らないが、イザって時には空を見上げるらしい。
そして、俺は助かる方法を手に入れた。
俺は、殆ど崩れちまって天井の役目を果たさない廃墟に感謝した。
そして、それから俺は、空の上には神様が存在するって信じるようになった。
何故って? 衛星軌道上の軌跡さ。
衛星が地球に最も肉薄するその瞬間、衛星と最も近い位置に俺はいた。
少なくとも、どうやっても届かないはずの衛星”レイタン”にデータ要求が出来たのは確かだ。
そしてGPSからスナイパーの位置を割り出し、援軍を呼び出すことに成功した。
廃墟の天井が少しでも電波阻害していれば駄目だったというくらい、デリケートな差で俺は生き残った。


俺は神を信じるようになったが、空の上に敵はいねぇ。
敵は目の前に居る。だから空を見る余裕なんてもんはこれっぽっちもない。
だから俺は前を見る。
神様が俺に牙をむくなんてことがあるまでは、俺は空を見たりはしないだろうな。
もう俺に、イザって時は存在しねぇ。だから俺は、前を見る。