悪い事と喜びについて。

今日、僕はちょっと考えさせられることに出会った。
それは信君の家に遊びに行こうと、僕は自転車で走っているときに起こった。
僕とは反対側に向かう女の人がいて(制服を着ていたから中学生か高校生だと思う)、その人は凄い顔をしていた。
怪我か病気か知らないけれど、とても異常だった。言い方が悪いんだったら普通じゃないとでも、平均的な顔じゃないとでも言いなおせるけど、ともかくそういうこと。
で、僕はその顔を見た瞬間に目をそむけた。それは、見てはいけないからとお母さんに言われたからではない。


人は弱いところを見られるのを嫌がるから、できるだけ見ないふりをしてあげるのが当たり前なんだよ。
僕は、それはとても間違った事だと思った。だから、僕は傷ついた子や、その子が気にしていることがあったら必ず聞いてみることにした。
それは自分が悪い事で悲しいのであったり、他人が悪い事で許せないのであり、または本人にとっては弱いと思われていないことであったりした。
僕は、見て見ぬふりをする世界ではなく、弱いところも全てひっくるめて仲良く暮らせる世界とか、弱いところを前向きに見て治していこうとする世界の方が何百倍も良いと思った。
だから、信君が太っているのを気にしていたから身長の伸びと共に痩せるかもしれないと言ったり、励まして一緒に朝早く走ったりした。
それから信君は次第に痩せて、今ではクラスで僕の次に100m走の速い男子になった。信君はとても喜んでくれた。
僕はそれで自信を持てるようになって、このまま世界中の人を喜ばせる事が出来るかもしれないと考えていた。


でも、僕はその時、目をそむけた。理由を考える間もなく目をそむけ、僕の自信はその瞬間には既に砕けていた。
すると、その女の人は「死ねよ、バーカ」と大声で言った。
御互い自転車で走りながらのことだったから、僕はその女の人に何かいうこともできなかったし、追いかけることもしなかった。
でも、御互い自転車で走りながらだから、その言葉に耳を塞ぐ事も、その顔を見る目を閉じる事もできなかった。
「死ねよ、バーカ」。僕はひたすら悲しかった。そう言われた直後は、何も考えられずただ悲しかった。
僕は信君の家に行けず、そのまま暗い気持ちで自分の部屋まで過ごした。


僕は自分の部屋についている鍵をかけたあと、まだ明るい日差を遮るためにカーテンを閉めて、まず、どうして「死ねよ、バーカ」と言われたのかを考えることにした。
すると、僕の目の前にお爺さんが居て、その人がずっとその女の人を見ていたということに気付いた。
もしかしたら、その人に向かって女の人は「死ねよ、バーカ」といったのかもしれない。
でも、僕に言ったのかもしれないし、言ってなかったとしても僕の耳には聞こえたし、悲しい気持ちになったのは事実だ。
次に、僕は何故悲しい気持ちになったのかを考えることにした。
もちろん「死ねよ、バーカ」と赤の他人に言われること自体も悲しいことだけれど(友達の加奈子ちゃんに言われる時なんかは、逆に元気になったりするときもある)、それだけではないような気がした。
僕は、その女の人が「死ねよ、バーカ」と言ったから悲しい気持ちになったのだ。
その女の人は、自分の顔を見られるだけで「死ねよ、バーカ」と言わずにはいられない弱さを持っている、そう思ってしまったから悲しかったんだと思った。
それはとても悲しいことだ。僕は想像するだけでぞっとした。
電車に乗ったり、学校に行ったりするだけで、どれだけ嫌な気持ちがするだろうと思うと、信じられないような気持ちがする。
例え夢だろうと、その女の人と顔が入れ替わるなんてことがあったら、僕はとてもじゃないけど生きていけないような気がした。


でも、僕は待てよ、と思った。
その女の人だって、その顔も含めて仲良くしてくれる友人を探したり、治そうと努力したり、そんな境遇を気にしなかったりできるはずだ。
信君とはちょっと違うかもしれないけれど、核になる部分は同じはず。治そうとする意志があるかないか、それだけのはずなんだ。
なのに、その女の人は「死ねよ、バーカ」と言い続けることを選んでしまっている。
どれだけ自分が異常な顔をしているか知っていて、なおかつそれが面白くないから「死ねよ、バーカ」と言い続けるのだ。
なんで、こんな嫌なことを繰り返しているのだろうか。僕には分からない。
きっとあの女の人は頑張ろうって考える努力をしなかったんだ。それとも、今頑張っているのか、頑張ったけどもう諦めているのか、かもしれない。
それも僕には分からない。
何が悪いのか、ジッと見たお爺ちゃんか、すぐ目をそらしてしまった僕か、その女の人か、努力をさせない、努力を報わせない、努力を諦めさせた何かか。
どれもこれも、僕には分からないまま、お母さんが何時も通りの時間に「ごはんよ〜」と言った。もう日差はなくて、青と紫と黒を足したような空の色になっていた。
僕は考え込むと時間を忘れるなんてことは今まで無かったからビックリした。
でも、「死ねよ、バーカ」は僕の耳から離れない。
御飯を食べてもお風呂に入っても寝ても、きっと離れはしないだろうと思う。
僕は自分の部屋から出た時にふと思った。
みんなが弱いところを弱いところだと分からない世界になれば、この世から「死ねよ、バーカ」はなくなるだろう。
でも、僕は信君が保健室の体重計に乗って、すごく痩せたと分かった時の笑顔を忘れてない。


明日信君に、今日遊べなかったことを謝ろう。
そして、一緒に走り回ろう。僕が正しかったかどうか確かめるために。
僕が「死ねよ、バーカ」で負けてしまうような弱いところがあるか確認して、もしそうだとしたらそこを強くできるようにするために。
みんなを僕が幸せに出来るよう頑張れるかどうか、もう一度考えるために。


4年3組 小林達郎