小説の台詞。

やぁ今日和、そこに掛けてくれたまえ。そう、そこで良い。随分変な感じがするかもしれないが勘弁してくれ。今日呼び出した理由にも関係する事なんだがそれは追々話すことにするつもりでいる。さて、早速で悪いんだが君の受験番号と名前、それに君が座っている椅子の、そう、その変に出っ張ってる部分に手を当てて、PASSを口頭で言ってもらえないだろうか。私は君の事を写真でしか拝見していなくてね、それにこのご時世だ、偽装なんて可能性も否定できない。最低でも指紋と声紋、静脈認証判定とバイタルサインのパターンくらいは最低でも確認しておきたいんだよ。大丈夫、これだけ離れていても机に付属されているマイクが音声を拾ってくれるからね。それは私にもリアルタイムで聞えてくるようにされている。「オオキタダヒコジュケンバンゴウ1581227パスワードハ0724」有難う。もう手は普通にしていて良いからね。もうちょっとで判定が出るからそれまで待っていて欲しい。……よし、君が大木忠彦君だね。本人だと認定しました。改めまして……初めまして。私はこの会社の警備部門で人事を担当している新座と言います。君が希望していたのは経理部門だったけど、先日君が受けた性格診断でちょっとした問題があってね。それで急に私が担当となったわけなんだ。……。早速だけど、君はこの性格診断で87.5%がNoと答える問題⑱をyesと答えたね。まずはその確認から始めたいんだが、まさか手違いだとかそう言うことではないよね? そうか、そうならよいんだ。で、その意味が分かるかね? 君がそこでyesと答えてしまった意味が。12.5%の中に含まれてしまっている君の選択が示した結果のこと、その意味、その意味だよ。いやいや、社会人は型にはまった答えを常にしなければならないとか、大多数の中に居なければいけないとかそれが法だ正義だとかそう言うことじゃないんだよ。君だって理解は出来るだろう? 別に自分が特別じゃなくちゃいけないんだ、なんて思い込むような年頃じゃないさ。そう、他の診断では殆どが一般的でその他大多数と同じ答えばかりを選択しているんだ。だから、君が単なる異常者とか自分を特異に見せたがる人間ではないという事は十分承知しているつもりだよ。ええと、大木君。だがね、君の意見を聞きたいんだ。この問⑱にyesと解答した12.5%というカテゴライズされている君の意見を。……いきなりこんな事を言われても困るよね、じゃあまず私の話を聞いてくれないか。有難う。じゃあ楽に、そう、姿勢を崩してくれ。本来、群れで行動する獣は社会性を持ちその中に適合したものだけが群れに属するという強みを持って生活できる。その代わりだが、適合するために多少は窮屈な目に合わなくてはいけないがね。でもまぁ大半がそのコストよりも便益を優先するため群れに属することとなる。だから君や僕がこの国という大きな群れに属しているのも税金を払ったり法を遵守することという費用よりも安全や保障という便益を優先しているからというわけだ。ここはすんなり飲み込めるだろ? そうか、で、ここからが本題なんだが、中には群れなんて必要ないとか群れに適合する事が出来ない奴がいる。前者は費用を大きく感じすぎているか便益を小さく感じすぎているかのどちらかなんだが、後者は費用も便益も何も、属する事すら出来ないんだ。自分から選んでる訳じゃない。で、そいつらはどういうことになるかというと、除け者となり追放され個々で生きるか別の群れに移動する。そこでさっき出した獣の話になるんだが、除け者とは野の獣、つまり野獣のことを指していたんだ。野生の中で生きる、社会性をもてない獣が除け者とされ野獣となる。面白いだろう? ただの言葉遊びなんだが案外と説得力があるだろう。さて、我々は獣ではないものの社会性を共有する生命という点ではそれと何ら変わるところはない。では、我々でいうところの野獣という者はどういう奴等のことを指すのだろうということだ。先ほどの話で言う前者でいうのならば今だ世界人類皆平和を信じそれを訴える放浪者やヤクザと呼ばれる者達、少数宗教の信仰者達などがそれに当たるかもしれない。人間とはどうやっても言葉だけで解決できない生物であるし法治が完璧になりつつあり抜け穴なんて滅多に見つかる訳じゃない。少人数だけで構成された教義なんてそれこそ我々の社会性を自ら否定しよりニッチなコミュニティに入り込んでいる典型的なモデルケースだ。だが、それらの人々もちょっと窮屈な檻に我慢しさえすれば我々の社会に復帰する事が出来る。何故なら彼等が感じている費用便益の差を逆転させることさえできれば良いのだから。だが、だがだね。後者である彼等はどうだろう。彼等は無理だ。群れに存在する事が出来ない彼等はどうすることもできない。例えば脚のない羊なんてものはどうだろう? 外敵から逃げるのが精一杯な羊達がその障害羊を助ける事が出来るか? それは無理だ。何故なら、その羊は群れという社会性がもたらす保障よりも大きな非適合性を有しているからだ。そいつを助けるために自分の命を粗末にはできない。人間だって同じ事だ。我々が組織するコミュニティは殆どの精神・肉体を問わない障害者や犯罪者をも保障し群れの中に取り込もうと努力し現在それは完璧になりつつある。羊の様にすぐ障害者を見捨てたりはしない。だが、それよりも大きな非適合性……そう、君を含め問⑱でyesと答えた12.5%がその予備軍。そこから解析を進め選択型の性格診断で君と同じ選択をした人間は全体の0.08%、最後に面接型の問診に答えている間のバイタルサインがほぼ乱れる事無く問診を終え更に過去、挙動不審や狂騒、傷害・殺人未遂などに対する正当防衛で以前人から攻撃された事がある者は0.000012%。この性格診断を受けた者の中は延べ1億人程度であることから約12人がそれに当たり、その12人の中で最も遅くテストを受けた君以外の11人は漏れることなく野獣であるということが判明している。この国でもその存在を保証しかねるような存在であるということがね。前者はコミュニティから望んで外へ出るが、後者の奴等はそうじゃない。自分が野獣でない風に装い、どうにかその群れで生きていこうとするんだ。それでもそれがバレてしまった者は追放され2つに1つの末路を辿る。だが、バレずにのうのうと生きていたら? それが君だとしたら? この問⑱から始まる解析法が君を脚のない羊だと判断したとしたら? そして、君には脚の変わりに何か途轍もない恐ろしい何かが生えていて、我々にとって外敵である狼や虎なんかよりも余程恐ろしい者であったとしたら? 我々は社会性を享受するためにその羊を排除しなければならないだろう。ラムが大好物な羊が自分の群れに居たら、それはコミュニティの存続――即ち、他の者の保障のために抹殺されなければならない。その意味だよ。野獣である君はその意味をどのように考えているのだね?