小説の断片だけ読んでもパッと情景が浮かんでくる人はこっそりどうぞ

風が吹き、草が、ざわと鳴った。その後、その音は更に余韻を残して、僕の心をくすぐった。
「やぁ、今晩和」と声を掛けてきたクリスも、今は僕と同じくしてペタと地面に尻をつけ、音に耳を傾けていた。
また、風がざわとした。今度はさっきよりも大きく、心なしか落ち着かなくさせる音だった。
その後、今まで隠れていた月がやっと薄らと光を届かせ始めてからやっと、僕はクリスに聞いた。
「ねぇ、クリスは星が死ぬって分かってから、ずっと放浪している民族なんでしょ?」
クリスは僕が話し掛けたのにとても喜んだらしく、うんうんと強く頷いて、ころころする様な口調で話した。
「うん、神様があと千年で星が死ぬって言ってから、ずっとずっと、ずぅーっと、ずぅーっとね」
「じゃあ、クリスには故郷ってないの?」僕は細長い草を千切り、手で弄びながら風が吹くのを待った。
「ううん、どうだろうなぁ」と言って、クリスも手近にあった草を千切り、両手で擦って甘くて青い匂いを当たりに漂わせた。
「私たちのずっとずっと、ずぅーっと、ずぅーっとお爺ちゃんやお婆ちゃんたちが放浪を始めた場所があってね、そこは出発の地って言うんだけど、私たちの故郷はそこなんだって。だけど」
クリスは蒼灰色の瞳をこちらに向けてにこと笑う。ああ、その笑顔。
「10年に1度にそこで民族の大集合があって、他にも分属毎に決められた年に集まりがあるんだけど、私はそこで生まれたわけでもないし、全然故郷って感じじゃないよ」
クリスは手でぐちゃぐちゃにした、強い緑色の草だった塊を僕に半分差し出して、彼女は残り半分を口にした。
僕はそれが何だかは知らなかったけど、何だか儀式めいた感じに胸を刺激されて同じく口に含んで噛んでみた。
それはミントみたいにスッとするけれどそれよりはるかに穏やかで、苦くなくて寧ろ噛む毎に甘味を感じていった。
「君みたいに長年生きていた場所が壊れるのも悲しいけれど、故郷が無いのも哀しいかもしれないね」
クリスはそう言って草を地面に吐いた。僕も習って吐いて、強い風が吹いて、僕は手に持っていた草を放した。
草は飛んで、僕の眼には見えなくなった。
さっきよりは弱い優しい風が草を薙いだけれど、そのさらさらとした音は僕の心を酷く掻き乱した。